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福岡地方裁判所直方支部 昭和32年(ワ)18号 判決 1965年4月14日

原告 石丸賢 外一八名

被告 古河鉱業株式会社

主文

原告石丸賢、原田福一、伊藤進、三島明、安本嘉美は何れも被告会社の従業員であることを確認する。

原告安本百歳、五島達夫、入江喜代治、足立次郎、萩光男、入江利子、古野春美、宮城義博、白石一郎、天野敏達、田中進、小西卯吉、中山不二三、先山一一等の請求を何れも棄却する。

訴訟費用中原告石丸賢、原田福一、伊藤進、三島明、安本嘉美等と被告との間に生じた分は被告の負担とし、原告安本百歳、五島達夫、入江喜代治、足立次郎、萩光男、入江利子、古野春美、宮城義博、白石一郎、天野敏達、田中進、小西卯吉、中山不二三、先山一一等と被告との間に生じた分は原告安本百歳、五島達夫、入江喜代治、足立次郎、萩光男、入江利子、古野春美、宮城義博、白石一郎、天野敏達、田中進、小西卯吉、中山不二三、先山一一等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は原告等は被告会社の従業員であることを確認する、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求め、その請求の原因として、

一、被告は石炭の採掘並販売を目的とし、福岡県内目尾、大峰、峰地、下山田等に鉱業所を有する株式会社である。

二、原告石丸賢、原田福一、安本百歳、三島明、安本嘉美は目尾鉱業所に、原告古野春美、五島達夫、入江喜代治、伊藤進、足立次郎、萩光男、入江利子は大峰鉱業所に、原告宮城義博、白石一郎、天野敏達は峰地鉱業所に、原告田中進、小西卯吉、中山不二三は下山田鉱業所に夫々稼働していた従業員であつたが、昭和二十五年十月十八日レツドパージにより解雇された者である。

三、右解雇の経過は次の如くであつた。

被告は各鉱業所毎に何れも昭和二十五年十月十四日突如として夫々の労働組合に対し来る十月十六日に「会社事業運営に関する件」につき団体交渉をしたいと申し入れをした。

十月十六日午前十時より労働組合は夫々役員全員が団体交渉に臨んだ。

被告は文書により次の申入れをした。

「石炭産業は全産業の基礎をなすもので其消長は日本経済再建ひいては社会公共の福祉に重大な影響を及ぼすことは謂うまでもない。従つて石炭産業の健全な発展に対し経営者は重大な責務を担う者であり、それ故に従来共従業者大方の協力を得て今日に至つたのである。然るに一部従業者中には共産主義者又はその同調者の中で煽動的言辞等を以て事業の正常な運営を阻害する等企業に課せられた社会的使命の達成を妨げ、又は妨げる危険のあるものがある。

ついては現下諸情勢に鑑み重要産業経営者としての使命遂行のため、防衛処置としてこれ等非協力者を早急に排除するの已むなきに至つた次第である」と、そして被告は目尾十四名、大峰十八名、峰地十三名、下山田十七名を即時解雇すると宣言した。尚右解雇者に対しては区域を指定して被告の施設内への立入を禁止すると通告した。

組合は「解雇の具体的理由を挙げよ」「団体交渉をつづけよ」「不服な者に異議申立の機会を認めて審議せよ」等申入れたが被告は「本件については之以上団体交渉は持たない。不服のある者は法廷で述べよ。解雇の理由は客観的状勢で分つているから之以上いはない」と回答して、この日の団体交渉は全く一方的に打切られた。同日午後一時に至り被告は前記解雇者の氏名を発表し、同時に個人通告をなした。

その通告の内容は次の通りであつた。

(1)  解雇理由は前記文書と同じ。

(2)  十月十八日迄に十月十六日付の退職願を出す様に勧告する。

(3)  勧告に応じない者は十月十六日付を以て事業上の解雇としての取扱をする。

(4)  十月十六日以後事業場への立入を禁止する。

(5)  勧告に応じて退職願を出せば依願解雇の取扱として解雇予告手当及退職金の外に特別加給金(一ケ月分給料同額)を支払う。勧告に応じない場合は特別加給金を支給しない。

(6)  社宅、寮に居住する者は一定期間内に立退くこと。

との内容であつた。

十月十七日午前十一時より大峰労組事務所に於て九州四山連合会代議員会(古河各鉱業所の労働組合で結成)を開いて前記通告に対する斗争方法として実力行使か法廷斗争か、又は事務折衝によつて解雇条件を有利にするかにつき協議した結果、当時占領下の客観的諸条件下では斗争することの困難を認めて被告と事務折衝に当ることとし特別加給金をせめて二ケ月分出す様に交渉することと決定、被告に対しこの旨申入れをなし引続き各単位労働組合毎に交渉したが被告は之にも応ぜず僅かに任意立退く者に対して引越料を一人につき六千円を支払うことを認めたのみであつた。十月十八日被解雇者全員真に已むなく退職願を出すべき事態に追い込められたので、原告等は涙をのんで一括して労働組合に退職願を手交した。

右の如き経過であつて原告等は一応形式上退職願を提出しておるが当初より被告の不法なる意図による解雇に対し反対の意思表示をして来たのであるが、当時の占領下に於けるレツドパージという全国的風潮に対して労働組合の団結力を以てしても斗争に立上れない状態であつたので原告等はしばらく状勢を見る態度をとらざるを得なかつた。

退職金と予告手当、特別加給金を受領したのは、賃金により生活する者が失業に当り一銭でも余分に金銭を得るため已むを得ない処置であつた。これらは生活費に充当する目的のもので、決して退職しようとする意思から出たものでなかつた。退職願を労働組合を通じて提出したことは生活費を入手するための方便であつて真意に出た意思表示でなく、全く原告等が窮迫困憊の状態に追いつめられた場合の措置であつたから本件原告等の離職は被告の一方的解雇であると謂うべきである。

四、本件解雇は次の理由によつて無効である。

右解雇は当時占領軍司令官マツカアーサーから出された吉田首相宛の書簡を曲解し、之に便乗して為された所謂レツドパージであつて、労働者の信条を理由として解雇した差別待遇であつて、憲法第十四条、労働基準法第三条、民法第九十条に違反して為されたものであるから無効である。憲法第十四条第一項、労働基準法第三条は信条による差別待遇を禁止した規定であるが、この信条とは、宗教的なものばかりでなく、政治的な意見を含むものと解せられているので、本件レツドパージは右各法条に違反してなされたもので無効のものである。この信条の解釈については労働省も「信条とは、特定の宗教的若しくは政治的信念をいい……」という解釈例規(昭二二・九・一三労働基準局発第一七号)を出しており、レツドパージがこれらの法規に違反していることは明白である。従つて私法上の効果としては、民法第九十条によつてこの様な公序良俗に反した解雇は無効であるといわねばならない。

尚本件レツドパージに際し、昭和二十五年十月十六日被告は団体交渉(と称せられた)席上「上司の命令である云々」と述べて恰も本件レツドパージが当時G・H・Qからの至上命令であるかの如き言辞を弄したが、昭和二十五年五月三日より同年七月十八日に至る間のマツカアーサーから吉田首相宛に出された一連の書簡を解釈しても、日本の一般民間産業にこの様な命令があつたとは解釈されない。却つて当時のG・H・Qエーミス課長は談話を以てこのことを否定していたのである。

従つて一般民間産業については、あくまで当時の日本国内法に則り正当の理由がある場合のみ解雇が許されるのである。

五、原告等の内左の者は何れも労働組合の活動家であつた。

即ち各所属組合の(解雇当時の役職は( )を付する)。

(1)  原吉石丸は代議員、執行委員(生産部長)

(2)  同原田は青年部長、情宣部長、全石炭中央委員(代議員)

(3)  同安本百歳は組合委員青年部副部長(副組合長)

(4)  同三島明は(組合委員)

(5)  同古野は(代議員賃金専門委員)副組合長

(6)  同五島は(生産部長)常任

(7)  同入江喜代治は調査部長(代議員)

(8)  同足立は代議員、文教部長、全石炭委員(副組合長)

(9)  同萩は一坑支部長(代議員)

(10)  同宮城は(教宣部長)

(11)  同白石は代議員(教宣部長)

(12)  同天野は青年部長、教宣部長(副組合長)

(13)  同小西は(組合長)

を夫々歴任して居り、之等の者に対する解雇は被告が右原告等の労働組合活動を忌避して為したものであり、之等の者に対する解雇は不当労働行為として憲法第二十八条労働組合法第七条民法第九十条に違反し為されたものであるから無効である。

六、原告等の所属した夫々の労働組合と被告との間には夫々同一内容の労働協約が当時労使双方を拘束していた。(甲第四号証参照)労働協約によれば、被告が従業員を解雇するに際しては第三十六条、第三十七条によらねばならないこととなつている。本件解雇が第三十六条第八号によるものであるとしても、第三十七条によるものであるとしても、何れの場合にも被告は労働組合とその解雇の事由、人員、必要な事項を説明し、且充分協議せねばならないとの協議約款が規定されている。

又労働協約第十一章団体交渉の規定によれば、団体交渉は当事者双方が対等の立場に立つて正常な秩序と信義とを以て行わねばならない(第六十三条参照)となつており、この規定は労働組合法の規定と相俟つて当然のことを規定したものであるが、労使間の協議が信義誠実の原則によつてなされなければならないことを宣言したものである。

然るに被告は本件解雇に当つては、十月十四日各労組に対し「十六日に団体交渉をしたい」と申入れ、その申入れに基いて開かれた十月十六日の団体交渉は、信義を無視した一方的説明と打切りにおわり、全く協議はなされなかつたのである。

このことは前記協約上の諸規定に違反したものであつて、この点からしても本件解雇は無効である。原告等の解雇について、労使間に形式上協議が持たれてはおるが、この協議(交渉)に於て被告は、解雇基準についての具体的な説明要求をしりぞけ理由の提示を拒否して抽象的な基準のみを討議し、之に対する組合の意見を求めたにすぎず、決して信義則に基いて協議を行つたということは出来ないので、協議約款に違反してなされたもの、という外はない。(大阪地裁昭和二八・五・八決定近幾鉄道事件参照)

凡そ解雇には正当な理由がなければならないことは前述した。本件の如く労働協約の趣旨に違反して何等具体的な理由を明示せず一方的に為された解雇は、解雇権の濫用というの外はない。レツドパージによる解雇が相当であるか否かは、かゝつてパージされた者が具体的にどの様な企業破壊活動をしたかの事実認定にあるものと思われる。単に抽象的に「共産党員又はその同調者(シンパ)として企業を破壊するおそれがある」というだけでは解雇権の濫用たるを免れない。よつて民法第一条第二項、第三項に違反し、従つて民法第九十条によつて効力なきものである。

七、以上何れの点から見ても本件解雇は違法、且無効のものであるから原告等は何れも被告の従業員たる地位を有することは明白である。原告等は解雇後はレツドパージの烙印を捺されて全く就職口を閉ざされている。或は日雇人夫となり、紙芝居屋となり、家族をかかえて失業苦に悩んで来たが、原告等はいつかこの烙印をとり除くべく復職同盟等を結成して協議してきた。訴訟費用等の点で行き悩み、現在に至つたが漸くその見通し等も得たので本訴に及んだものである。

と陳述し、被告の答弁に対し、

一、被告は本件解雇は合意解約であると主張するが、本件の様なレツドパージによる解約の申入自体が上来述べた理由によつて無効のものであるから、合意解約も亦効力を生ずる由ないものである。被告の通告書によれば「十月十六日付で退職願を出せ、さすれば特別餞別金をやる。退職願を出さぬでも十六日付で解雇する」とあつて、これは有無をいわせぬ解雇の通告である。原告は雇傭契約の一方的意思表示による解雇と解するが、若しそうだとすると原告等が退職願を出したことは意味のないことである。蓋し解雇の承認という法概念はないからである。

二、解雇された労働者が退職届を出したり、退職金を受取つたりして問題になることがある。この場合、退職金の受領が解雇の承認になるということがいわれているが、民法の立場に立つてもこの議論はおかしい。雇傭契約の解除はもともと使用者が一方的になし得る行為であり、法概念として解雇に対する承認ということはあり得ない。だから退職金を受取つたことが解雇を承認したことになるという理くつは成り立たない。退職金等の受領が解雇を争う権利を放棄したことになるという主張もなされている。会社は一方的に雇傭契約を解除したが、被解雇者は退職金や解雇予告手当を受取ることによつて将来解雇の効力を争う権利を放棄したことになるという主張である。この主張に対しては、具体的な事件において被解雇者が退職金等を受取るという行為が解雇の効力を争う権利の放棄となるかどうかゞ問題になる。

被解雇者が退職金等を受取るまでにはいろいろの事情がある。会社は断乎として解雇の意思を表明し「何月何日までに退職金を受取れ。受取らなかつたら、プラス、アルフアーを支給しない」あるいは「懲戒解雇として退職金規定の適用から除外する」という態度を示す。解雇通告を受けた労働者はその日から給料の支給を打切られる。解雇の効力を法廷で争うためには多大の費用と期日を必要とする。労働組合が訴訟費用を負担したり、生活資金を支給したりしてくれる場合はよいが、組合が面倒をみてくれないとしたら、いかに首切りを不当だと思つても、労働者個人としては手が出ない。資本主義社会においては労働者が団結した組織をもつてこそ、はじめて使用者と対等な交渉が出来る。解雇された労働者が組合から見離されると労働者はたちまちのうちに渦巻く産業予備軍の波にのみこまれ、使用者と対等に交渉する武器(団結、組織)を奪い去られてしまう。被解雇者が退職金を受取つたり退職届を出したりするのは、このような状態のなかにおいてゞある。ここは、強力な資本の力をもつている使用者と裸で企業外に放り出された一失業者との交渉の場であるから民法の予想している対等者間の取引はとうてい期待されない。従つてこのような状態のなかで行われた退職届の提出、退職金の受領等の行為を市民法だけの頭でとらえようとすると、現実から遊離した結論しか出てこない。労働者はその場合どういう気持で退職金を受取つたのだろうかということを資本家対一労働者という不均等な力関係を頭におきながら究明しなければならない。労働者が不当な解雇をされたときに、その効力を争うのは被解雇者個人ではなくして被解雇者の所属している労働組合でなければならない。資本対組織を対等者とみている労働法は、一労働者の解雇について組織がその効力を争うことを予定しているのである(労組法第一条、労調法第四条)。ところが原告等は解雇当時の社会情勢と国内の労働情勢のために原告等に対する解雇を、被解雇者個人として争わなければならないようなことになつた。アメリカ占領軍はレツドパージを厳命し、しかも直接指導した。日本の政府もレツドパージがいかにも合法であるかのような意見を何回かにわたつて発表している。国内の資本家陣営はレツドパージを占領軍の至上命令であるかの如く宣伝し、労働者や労働組合のなかにレツドパージだけはG・H・Qの至上命令だからいくら争つても仕方がないというようなフンイキを作り出すことに成功した。当時の労働組合では二・一ゼネスト以来左派勢力が漸減し、左派に代つて組合の主導権をにぎろうとまち構えた右派勢力がようやく強まろうとしているときであつた。そして右派勢力は組合の主導権をにぎる手段としてレツドパージを利用した。本来ならば、レツドパージ反対のために全組織をあげて斗わなければならない労働組合が一つは占領軍の命令だから仕方がないというあきらめと、一つは組合内部に於ける勢力争いのために大部分レツドパージを承認するという態度をとつた。組合が解雇を承認するということになると、被解雇者がいくら個人として解雇を争つてみても勝てるはずがない。解雇の無効を対等の立場で争う基盤は組合のレツドパージ承認によつて崩れ去つてしまつたのである。原告等はもともと、日本の労働者のなかでは最も階級意識の高い人達であった。終戦後の混乱期を切りぬけて、日本の労働運動を未曾有の高まりにまで盛りあげたのは、主としてレツドパージされた人達の功績といつてよいであろう。このような原告達が自分の上にふりかかつてきた前代未聞の不当解雇を黙つて承認するはずがない。しかしながら、組合運動の本質を知つている原告たちは組織的な反対運動がなかつたら不当な解雇を撤回させることが出来ないことも知つていた。ところが原告等の属していた労働組合は、結局においてはレツドパージを承認したのである。その上原告等は給料を打切られ、生活の途を絶たれた。このような情勢のなかでは原告等が解雇の効力を争う時機を後日に期したのはむしろ当然である。即ち当時は占領下という国内事情、左右相争う労働情勢からみてレツドパージの効力を争うには最も不適当な時期であつた。原告等に対する解雇が正しいか正しくないかは占領政治のやり方を批判できる内国情勢をとりもどし、組合が原告等の斗いを支持するような情勢がとれるまで待たなければならなかつた。このような情勢を把握した原告たちは解雇無効の斗いを後日に期し、さし当つて危機にひんしそうな生活を維持する手段として、退職届も出し、退職諸手当も受取つたのである。このような場合の退職届の提出や退職金等の受領は解雇を争う権利の放棄ではない。民法の理論からいえば、退職届を出したならば相手方が真意でないことを知り又は知り得べき場合でないとその無効を主張できないことになる。しかし之は不均等な当事者間に市民法の理論を無批判にもちこむものであり、原告等の具体的事件に適した解釈ではない。原告等は解雇を無効と信じていた。そうすると、いくら解雇通告をもらつていても規定の給料はもらう権利がある。しかるに会社は一方的に解雇の有効を主張して給料の支給を打切つた。そこで仕方なく会社のくれるという退職金を受取る方便として、退職届を出したまでである。退職金の受領も対等者の間に於てなら解雇を争う権利を放棄したとみられるかも知れない。しかしながら本件の場合にはすでに対等者間の交渉という場が失われているのであるから、そこには自由意思による対等の交渉というようなことはあり得ない。失業者として社会に放り出された原告等には死の自由が残されているだけである。そこで原告たちは、当面の生活費として当然もらう権利のあると信じている給料の代りとして、退職諸手当を受取つたまでであり、このことを解雇の承認だとか、解雇が不当であっても不当を争う権利を放棄するという意思表示があつたとみることはできない。それからまた、解雇を強引におしつけた使用者も労働者が退職金を受取ることが解雇の効力を争う権利の放棄でないくらいのことは当然知つていたはずである。知つていなかつたとすれば、よほどぼんやりしていたのであろう。これは、表意者の真意を知り又は知り得べかりし場合にあたるので民法第九十三条をもつてきても意思表示の効力を生じない。

三、被解雇者が解雇を承認し、又は将来争う権利を放棄する意図のもとに退職届を出したり退職金を受取つたりしていたとしたら、之は公序良俗に違反する法律行為というべきである。使用者は労組から孤立し、経済的に窮迫しつつある被解雇者の窮状につけこんで強迫的な手段で退職金の受領を強要する。被解雇者は自己に対する解雇が憲法や労働組合法に違反していることを知りつつ、使用者の強腰におされて解雇に同意する意思表示をしたとしても、之は公序良俗に違反した法律行為である。したがつて法律上は何らの効果をも生じない。現に東京地方裁判所に於ては被解雇者から「本件における解雇の承認は、使用者の不当労働行為意思を明示又は黙示に容認し、その実現を主たる目的としているのであるから公序良俗に反して無効である」ということが主張され、その主張が認められた事例があつた(労働関係民事裁判例集三巻二号一三三頁)。

この理論は多くの労働法学者から支持されている(討論二五号、解雇の承認とその効力)。原告等の退職届提出、退職諸手当についても同様のことがいえる。

以上いずれにしても原告等が解雇を承認したとか、解雇を争う権利を放棄していると言うような会社の主張は法的に理由がない。

四、被告は中外製薬事件について最高裁大法廷の判決を援用しているけれども、最高裁判所は当時どのような指示があつたというのかいまだに発表していない。最高裁の裁判官以外には少しも顕著な事実となつていない。従つて右のような顕著な事実は最高裁以外の裁判所を拘束するものではない。

五、本件解雇理由(合意解約であつてもよい)は被告が組合に申入れた趣旨だけであり、原告等はその解雇基準に該当するものとして排除されたことも争いがない。ところでその基準の二つの要件となつている即ち(1)共産主義者又は同調者たること(信条)、(2)企業を阻害し又は阻害するおそれあること(行為)であるが、原告等のいずれにも(2)の要件は充足されていない

と陳述した。(立証省略)

被告は次のように主張する。

一、原告等は夫々退職願を提出して任意退職することの申出を被告に対し為し、被告は之を受理承諾したものであつて、之によつて原告等と被告との雇傭契約は終了し、被告は原告等に対しては夫々解雇予告手当、勤続慰労金(退職金とも称する)の外に特別手当金及び次の増加支給額も支払い、原告等は之を異議なく受領したもので退職願は組合に託されて一括提出せられたものである。

(イ)  目尾

(A)  退職移転費として

一、家族持には本人に金五千円、外に家族一人に付金千五百円宛

二、単身者には金五千円

(B) 餞別として金五千円

(ロ) 大峰、峰地

(A)  退山手当として

一、家族持には本人に金六千円、外に家族一人に付金千五百円宛

二、単身者には金五千円

(B) 餞別として金五千円

(ハ) 下山田

(A)  離山手当として

退職者平均賃金の三十日分の合計額を退職者の家族の情況を勘案して被告と組合とで協議の上配分

(B)  餞別として金五千円

二、会社が十月十六日附をもつて原告等に伝達した通告書には先ず原告等に対し十月十六日附を以て事業上の都合による解雇を行うが、同時に十月十八日までに十月十六日附を以て退職願を提出し円満退職するよう勧告し、右勧告に応じて「期日までに退職願を提出」する場合は「依願解雇の取扱い」とすることを明らかにしているのである。従つて右通告には退職願の提出を解除条件とする解雇の意思表示の外に十月十八日までに退職願を提出する場合は会社はこれを受理し、合意によつて原告等との雇傭関係を消滅せしめたき旨の願望を強く表示して原告等に対し、雇傭契約を合意解約によつて解消すべき旨の申込をなすよう勧告しているものであることは、その文言に徴しても明らかである。即ち右通告書には解雇の意思表示と共に解約申入れの誘引をも含んでいるのであるが、原告等は結局右誘引に応じ前記期日迄に夫々会社に対し退職願を提出し、原告等の雇傭契約を合意によつて解約したき旨の申込を行つたのであつて、会社が之を受理しこの申込を承諾する旨の意思表示をすることによつて解約の合意は完全に成立するに至つたのである。即ち退職願が受理されてここに原告等に表示された解雇の意思表示は、条件の成就に伴いその効力を失うに至つたが、一方十月十六日附を以つて両当事者間の雇傭契約を合意によつて解約する旨の契約が有効に成立したのであるから、右期日を以て原告等との雇傭関係は完全に消滅するに至つたのである。今又仮に前記通告書の文面は単純な解約申込の誘引に止まらず、更に積極的に会社の原告等に対する解約の申込をも含むものであると解すべきであるとしても、原告等は会社のかかる申込に対し退職願を提出することによつて之を承諾する旨の意思表示をしたものであるから、両当事者間の雇傭関係が合意によつて右日附を以て解約せられたとする点において何等変りはない。

本件人員整理は昭和二十五年当時の諸情勢下に於て「共産主義者又はその同調者の中で煽動的言辞等を以て事業の正常な運営を阻害する等企業に課せられた社会的使命の達成を妨げ、又は妨げる危険のあるもの」を排除して再建途上にある日本経済に重大な関係を有する重要産業を非協力的分子の影響下から防衛するための措置として行われたものであるが、かかる整理は当然一部の激しい政治的抵抗を受けるであろうことが予想せられる一方、その実施が又占領政策の一環としての性格を有していたために会社は十月中にその措置を完了しなければならないという重大な制約を占領軍当局との関係でうけていたのである。かくて会社は指示された短期間内に相当数の過激分子の整理を完了しなければならなくなつたのであるが、かかる特殊の整理を早急且円滑に遂行するためには所属労働組合の協力をも得て該当者に任意退職を勧奨し、該当者自身が自発的に退職願を提出することが最も望ましい方法であると考えられたのである。このような任意退職の方法は解雇の如く「一方的な印象を与えない」ばかりか、現時点においてはもとより、将来に亘つて雇傭関係の存否に伴う一切の紛争も防止しえて労使関係の安定上極めて望ましいばかりでなく、該当者本人も他に就職する場合等に傷がつかず、その利益にも合致すると考えられたので、極力任意退職の勧奨を中心に本件整理を進める方針を会社は決定し、その旨各山元に指示したのである。即ち該当者に手交すべき通告書中に極力その旨をうたうと共に、整理に伴い支給する諸給与を「勧告に応じた場合」と「勧告に応じない場合」とに区分し、前者の場合には特に「会社都合による解雇」の際の退職諸給与相当額の外、約一ケ月の給与に相当する「特別手当金」を支給することとし「本人がなるべく辞めやすく」配慮したのである。かかる会社側の方針に対応して整理通告をうけた該当者も亦四囲の情勢を勘案し、此際有利な退職条件の下に任意退職するに如かずと考え、夫々自ら又は組合を介して退職願を会社に提出して会社の合意解約の勧告に応じたのである。

被告会社所属の石炭山は当時大峰、峰地、目尾、下山田、好間の五山であり、本件整理の対象となつた者の数は五山を通じて八十七、八名であつたが、好間鉱業所に属する二名の者が最後まで退職願の提出を肯ぜず、遂に解雇が最終的に効力を生じたのを除きその余の者はことごとく会社の勧告を容れ、退職願を提出して円満に退職したのである。今これを原告等の場合についてみるとその経過は概ね次の通りである。

会社は整理実施に先だつ二、三日前に大峰、峰地、目尾、下山田の各山元の労働組合に対し、本件整理に関する団体交渉の申入れを行い、右申入れに従い同十六日開かれた交渉の席上に於ては各山元の責任者より整理の止むを得ざる理由や整理基準、員数、被整理者の処遇等について説明して組合の協力を求めたが、更に同日本人に通告後、被整理者の名簿を一括組合に交付した。

本件整理に対する組合の態度は各山元に於て若干の相違があり一部の組合に於ては或る程度の迂余曲折はあつた模様であるが、大勢は圧倒的に労使間の事務折衝によつて平和的に問題を処理すべきであるとの意見が強かつた。即ち十月十七日大峰鉱業所に於て開催せられた古河九州四山労組連合会代議員会に於ては実力行使の主張が排せられ(井川、平野証言)専ら事務折衝によつて労使間で自主的に事態を解決するという方針が確認されて以来、引続き開催された各山元の代議員会等に於ても最終的に集約された(イ)実力行使(ロ)法廷斗争(ハ)条件斗争の三方針中前二者は何れも否決され、被通告者が会社を自発的に退職することを前提としてその退職条件について更に会社と事務折衝をすべきであるという考え方が圧倒的多数の支持を得て何れの山元に於てもその通り決定せられたのである。かくて十六日即日より十九日頃までにかけて各山元の労使間に於て精力的に事務折衝が反覆せられたが、その結果会社は退職条件として通告書記載の金員に加えて退山手当、餞別金、帰郷旅費等の名目で別途相当金額のものを追加支給することを承諾すると共に(被告三十二年十月十五日付準備書面参照)組合は該当者全員が期日までに円満に退職願を提出して任意退職するよう取りはからうことに両者の意見が合致したのである。この間、該当者等は何れの山元に於ても組合事務所等に常時集合して待機し、事務折衝の模様は随時交渉委員を通じて該当者等に報告され、更に該当者等の意向を徴して再度折衝が行われる等の手続がとられていたのでこの間に於ける労使の見解は逐一該当者等に明らかにされていたのである。

例えば目尾の組合に於いては整理通告後、整理者対策協議会が設けられたが、事務折衝の情況は常に同協議会並に被通告者に報告され、又組合の会合に該当者はすべて当事者として出席していたので事務折衝情況は常に同協議会並に被通告者に報告され又組合の会合に該当者は出席していたので(水岡一〇三・一〇四)事務折衝もこれは「誰々の希望であるから是非」という風に被通告者の意向を委員が代弁して毎回の折衝がもたれるという状態であり、下山田に於ては組合側委員は屡々休憩して被通告者との話会の機会を求め、その意思を極力交渉に反映するようつとめると共に会社に対しても亦「組合だけの考えではなく、十七名の意向だから認めてくれ」と申入れていたのである。このことは他の山元の場合も大同小異であり、何れの山元でも被通告者の大部分は早くから事態の処理を組合に一任するという態度をとり、組合の事務折衝の成行きを終始注意深く見守つていたのであるから、右事務折衝がその根本に於て原告等の退職願の提出を前提として開始されたものであるということは、原告等も当初から充分諒承していた筈である。

三、次に原告等は原告等が退職願を提出したのは決して退職する意思から出たものではなく、生活費を入手するための方便であると主張し、原告等各本人の供述に於ても殆んど異句同音にこの点を強調している。即ち此点に関し原告等は訴状二に於て「原告等は一応形式上退職願を提出しておるが、当初より被告の不法なる意図による解雇に対し反対の意思表示をして来たのであるが、当時の占領下に於けるレツドパージという全国的風潮に対して労働組合の団結力を以てしても斗争に立上れない状態であつたので、原告等はしばらく状勢を見る態度をとらざるを得なかつた」と述べているが、かかる客観的情勢に対する認識こそ原告等にとつて不満ではあつても右の事実が自己の任意退職を決意せしめるに至つた最も大きな要因であつたことは確かである。積極的な活動分子であつた原告等の多くが整理通告を受けて直ちに所属労働組合に対し原告等を抱えて整理撤回を求めて強く斗うことを期待し又、そのように組合に要望したであろうことは当然予想されるところであるが、組合員の大勢は原告等に味方せず、事務折衝を圧倒的に支持するものであつたことは既に記述した通りである。かかる四囲の不利な客観的諸条件に直面して、当初不当解雇絶対反対を掲げ通告書を拒否して組合の援護下に飽くまでも会社に対し斗わんとした原告等の決意も漸く萎え、種々の事情を考慮の上遂に組合の説得を受容れてこの際任意退職するも止むを得ないと観念し、唯退職に際しては組合の力によつて通告書以上の有利な条件を獲得したいと考え、専ら右の条件につき組合の努力を懇情することとしたのは、当時の情勢を思えば容易に推認できるところである。然しながら右事実を以て当時原告等に退職する意思はなかつたと断ずることは皮相な見解である。なるほど原告等は一銭でも余分に金銭を得たいという生活上の必要も加わつてそのためには退職願を出すことも止むを得ないと考えた面があつたかも知れないが、原告等の名誉のためにも退職願の提出は特別手当金を詐取するための欺罔的手段として行つたのであるとは到底信じ難く、又はそのように信ずべき特別の事情もない。原告等は何れも退職願を出すことによつて会社との間に合意解約が成立し、雇傭関係は右によつて当然に消滅することを知り、且つその結果を容認して尚且之を提出したものである。もし原告等主張の如くであるならば、原告等の要請を容れ、会社と事務折衝を行い、更に通知書以上の措置を会社に約せしめ、その上原告等が会社通告による退職勧告に応じ自ら退職を申出たるに付とまで述べて協定書を作成し、その上原告等の退職願を取りまとめて会社に提出した当時の組合幹部等の行為は正に原告等と前記の背信的行為を共謀して極めて好奸な手段を以て会社を欺罔したとの汚名を受けても仕方のないことになろう。

四、百歩を譲つて原告等の主張する如く、当時原告等は真に退職する意思はなく、退職願を形式的に提出したが合意解約に同意したわけでなく、退職自体についてあく迄も争うとの意思を堅持していたと言う事実が仮りにあつたとしても、右意思は被告に対し表示されたことはなく、又任意退職により円満処理を意図し且つ努力していた会社に於てその事実を知り得る特段の事情もなかつたのであるから本件に関し今に至つて民法第九十三条但書を援用してその無効を主張することは許されない。

五、原告は本件合意解約の申入乃至合意解約そのものは憲法第十四条、労働基準法第三条等の強行法規に違反して無効のものであると主張するがその論も正当ではない。

憲法、労基法による信条なるものが宗教的なものに限局されるか、政治的信念をも含むかは暫くおき、仮に広義に解するものとしても、その政治的信念の表明やこれに基く行動が実際活動として具現せられるときは、最早単なる内心的な信条に止まらず、一の行為とみるべきであるから右行為に着目してその行為に相応する取扱をなすことは何等信条による差別的取扱いには相当しないのである。

本件整理は整理基準の文面に明らかな如く、単に「共産主義者又はその同調者であること」を理由としたものではなく、その中でその行動に照し、「煽動的言辞等を以て事業の正常な運営を阻害する等企業に課せられた社会的使命の達成を妨げ、又は妨げる危険のあるもの」を対象としたものである。当時における共産党の破壊性は公知の事実であり、被告会社に於ても会社側証人が述べた如く、原告等の党活動乃至同調者活動によつて事業の正常な運営が阻害せられていた為に之等の破壊的活動の危険性から企業を防衛すべく、本件整理を企図し、右目的に適合する整理基準として前記基準を設定したのである。以上の如く整理基準設定の経過からいつても又その文言に照しても本件整理基準が原告等の信条を理由として差別的取扱いをすることを意図したものでないことは明らかである。

六、次に原告等は本件整理手続が労働協約第三十六条、第三十七条に違反するというが、同条によつて組合と協議を要するのは整理基準であつて具体的な人事自体ではない。加うるに本件にあつては、事務折衝―団交の一形態である―をも含めて短時日ではあつたが頻繁に会合をもち、組合の意見もきき容れて最終的にその諒承を得たものであるから、協約に何ら牴触するところはない。又仮りに違反の事実があつたとしても合意解約自体は右条項とは何ら関係はないからその効力に影響はない。

七、原告等は無条件に解雇について同意したのであるから、結局退職の効力を争う権利も被告会社に対する関係に於て将来に向つて放棄する意思を表明し、会社はこの代償として特別手当金、その他退職金規程によらない諸給与を支払うことを約したものに外ならない。従つて整理後七年に近い歳月を経過して突如として本件訴訟を提起した原告等の行為は前記の経緯に鑑みても重大な信義則違反の行為であると言わねばならぬが、訴自体が「解雇承認の法理」に反するから、少くとも確認の利益そのものを欠くものである。

八、被告会社が原告等を企業外に排除したのは当時の連合国最高司令官の指示に基づくものである。即ち当時の連合国最高司令官は昭和二十五年五月三日付、憲法記念日に於ける声明以来同年六月六日付、同月二十六日付、同年七月十八日付内閣総理大臣吉田茂宛の各書簡等に於て当時の日本共産党の動向に関連して「日本国民の間に於ける民主主義的傾向の強化に対する一切の障害を除去」することがポツダム宣言の基本方針であることを明らかにし、更に日本の共産党が公然と国外からの支配に屈伏し、その行動は反日本的、暴力的、破壊的であつて「日本民族を破壊させる危険をはらんでいる」と認定し、このような「反社会的勢力」の「無法状態をひき起させるこの煽動を抑制しないでこのまま放置することは現在ではまだ萌芽に過ぎないように思われるにしてもついには連合国が従来発表して来た政策の目的と意図を直接に否定して日本の民主主義的諸制度を抹殺し、その政治的独立の機会を失わせ、そして日本民族を破滅させる危険を冒すことになろう」と警告し次いで「陰険な攻撃の破壊的潜在性にたいして公共の福祉を守りとおすために」「断固たる措置をとる」べきことを日本国民に強く要望すると共に日本政府に対して書簡記載の夫々の措置をとることを指令した。次いで同年九月二十五日連合国軍最高司令部経済科学局労働課長エーミスは石炭鉱業の代表者を総司令部に招致し石炭産業より日本共産党員及びその支持者を排除するよう強く要望し、且右措置は「占領政策であることを念頭において実施せよ」と付言し、整理の時期、方法、報告等についてまで具体的に指示するところがあつた。当時の労働問題に関する石炭業者の中央組織であつた石炭鉱業連盟に於ては前記エミースの示唆をうけ直ちに加盟会員会社の代表者の会合を持ち、最高司令部当局との会見の顛末を報告すると共にその実施方につき協議した。被告会社も連盟の会員であつたので右会議には大滝労務部長が出席した。終戦後被告会社各鉱業所に於ては早くより共産党員並びにその支持者等によつて幾多の組織的集団的な不当違法な活動が行われ、業務の正常な運営が阻害される実情にあつたので、会社としてもかねてから適当な機会にかかる破壊分子の排除を断行すべく所要の調査を進めつゝあつたところ最高司令部より直接排除に関する示達を受けたので右要請に基いて企業防衛上所要の整理を断行することを決意し、本社に於て人員整理実施要綱を策定し、基本方針、整理方法、退職支給金、実施期日を示して各鉱業所に之が実施方を命ずるに至つたのである。被告会社目尾、大峰、峰地、下山田各鉱業所も被告会社九州本部を通じて本社の指示をうけたので右要綱に従つて夫々本件整理を実施したものである。

九、前記最高司令官から発せられた屡次の声明及び書簡等は「共産党及びその同調者に関する連合国最高司令官の占領政策を基幹産業について具体化して明示したもの」であつて(日本鋼管事件、東京地裁昭和二七・一二・二二判決)右占領政策を達成するための必要な措置として公共的報道機関のみならず、その他の重要産業の経営者に対してその企業内から共産主義者並にその支持者を排除すべきことを要請した指示と解するのを相当とするが前記書簡が「日本の全ての国家機関並びに国民に対する指示であると認むべきである」ことは昭和二十六年(ク)第一一四号共同通信事件に関し、つとに最高裁判所の判示したところ(昭二六・四・二大法廷)であるが、更に最高裁判所は昭和三十五年四月十八日中外製薬事件に関する昭和二十六年(ラ)第二六五号地位保全仮処分抗告事件に関する決定に於て前記マ書簡が単に公共的報道機関のみから共産主義者及びその支持者を排除すべきことを要請した指示ではなく、その他の重要産業をも含めてなされた指示であると判断した東京高等裁判所の判示を維持し、且つ当時発令官憲より「かく解すべきである」との指示が最高裁判所に対しなされたことを明らかにし(昭二〇・九・三最高司令第二号四項参照)右が法規としての効力を有することを明示した。従つて本件整理当時は前記最高司令官の指示によつて重要産業より共産主義者及びその支持者を排除すべしとする超憲法的法規が設定せられたものであるから、その指示にもとづいて行われた本件整理の法的効力も又正に右法規範に照してその効力が判断せらるべきである。而して被告会社が前記指示にいう重要産業に該当するものであることは会社が日本に於ける石炭会社の大手八社の一に属し、前記日本石炭鉱業連盟の主要会員であること、並に本件整理直前石炭産業の代表者がエーミスに招致されて排除に関する強い要請を受けた事実に徴して明白であり、又原告等は何れもその指示にいう共産主義者、又はその支持者に該当したものである。

会社は既に明らかにした本件整理に際し、原告等の共産党員及びその同調者としての活動中特に業務阻害的部分のあることを考慮して「更に煽動的言動等をもつて事業の正常な運営を阻害する等企業に課せられた社会的使命の達成を妨げる虞れ」あることをもその要素の一つとしたが、右は当時最高司令部の本件に対する示達が法的に指令と解すべきか、単なる勧告に止まるかにつき若干の論議もあつたので特に国内法の立場に於ても瑕疵なきを期したからに外ならない。

一〇、原告等は何れも当時会社に対し退職願を提出してそれぞれ合意により退職したもので、此点に於て原告等との雇傭関係は当時有効に消滅したものであることは被告が従来主張した通りであるが、仮に右退職が法的には会社の一方的解雇と解すべきであるという原告等の主張に従つたとしても(もとより被告はかかる見解に従うものではない)原告等は何れも前記指示の命じた排除の対象に該当するものであるから、更に阻害的事実の有無を論ずるまでもなく、上述の法規範に照して原告等全員の解雇は当然であり、会社との雇傭関係はこの立場に立つても既に消滅しているものといわなければならない。

と陳述した。(立証省略)

理由

被告が石炭の採掘並びに販売を目的として、福岡県内目尾、大峰(大峰炭鉱、峰地炭鉱)下山田等に鉱業所を有する株式会社であるところ、原告等が原告主張の各鉱業所又は炭鉱に於てそれぞれ稼働していた従業員であること、原告等の内安本嘉美、伊藤進、入江利子、先山一一、田中進、中山不二三を除くその余の原告等が、離職当時原告等主張の組合役職を有していたこと、被告が各鉱業所毎に昭和二五年一〇月一四日夫々の労働組合に対し、同月一六日に「事業運営に関する件」につき、団体交渉をしたい旨の申入れをなし、同日午前一〇時から団体交渉がなされ、右交渉後の午後一時被告が原告等に対し退職勧誘をなす者の氏名を発表し、同時に原告等主張のような趣旨の内容を記載した通告書を原告等に交付したこと、被告と原告等の所属する各組合との間に、夫々同一内容の労働協約があつて、同協約中に第三十六条、第三十七条及び第六十三条の規定の存することは当事者間に争いはない。原告等は、原告等が退職願を提出したのは、被告会社がレツドパージの名の下に、一方的になした不法解雇の意思表示に対抗することができないで、退職しようとする意図からでなく、生活費を入手する為の方便として、止むを得ない措置としてなされたもので、原告等の離職は被告の一方的解雇であり、右解雇は当時の占領軍司令官マツカアーサーの吉田首相宛の書簡の趣旨を曲解して、これに便乗して為されたレツドパージで、労働者の信条を理由とする差別待遇の解雇で、憲法第十四条、労働基準法第三条、民法第九十条に違反し、公序良俗に反する無効の行為であると主張し、被告は原告等は夫々退職願を提出して任意退職することの申出を被告に対してなし、被告は之を受理承諾したものであつて、之によって原告等と被告との雇傭契約は終了したものであると抗争するについて、按ずるに被告が原告等に対しなした通告書の内容の趣旨が今般組合に申入れた趣旨に依り、貴殿に退職して戴くこととなつたが、来る一〇月一八日迄に、一〇月一六日付を以て退職願を提出するよう御勧めする。右期日迄に退職願を提出した場合は依願解雇の取扱とする。退職願の提出ない場合といえども、一〇月一六日付を以て事業上の都合による解雇とする。勧告に応じた場合は予告手当平均賃金三〇日分、勤続慰労金、特別手当金を支給するが、勧告に応じない場合は予告手当と勤続慰労金のみを支給し、特別手当金は支給しない。尚予告手当、勤続慰労金は一〇月二二日午後三時迄に会計係に於て受取ること、当日迄受取らない場合は予告手当は福岡法務局直方支局に供託すると謂うにあることは当事者間争いのないところであるが、右通告書の趣旨は原告等に対し一〇月一八日迄に退職願を提出することを条件とする合意解約の申し入れと共に、右期限迄に退職願を提出しないことを条件とする条件付解雇の意思表示を包含し、併せて右合意解約の申し入れに対する承諾方を勧告したものと解すべきである。そこで原告等と被告間にこのような合意解約が成立したか否かについて検討するに、当事者間成立に争いのない乙第二号証の一、二、三、四、五、第三号証の一、二、三、四、五、第四号証の一、二、三、四、五、第五号証の一、二、三、四、五、第六号証の一、二、三、四、五、第七号証の一、二、三、四、五、第八号証の一、二、三、四、五、第九号証の一、二、三、四、五、第十号証の一、二、三、四、五、第十一号証の一、二、三、四、五、第十二号証の一、二、三、四、五、第十三号証の一、二、三、四、五、第十四号証の一、二、三、四、五、第十五号証の一、二、三、四、五、第十六号証の一、二、三、四、五、第十七号証の一、二、三、四、五、第十八号証の一、二、三、四、五、第十九号証の一、二、三、四、五、第二十号証の一、二、三、四、五、第二十一号証、第二十二号証、証人井川潔美、水岡伝一、森岡武明、仁井田忠夫、河崎武雄、増田豊治、利国幸吉、実藤愛利、岩佐源次郎、三好健堂、尾形権三郎、川原秋義、中野喜美夫、国広茂毅、宮島幹夫、伊藤武雄、安東淳一、原田義政、大谷厳の各証言を総合すると、原告等が前記通告書の送達を受けた後、それぞれの所属の各組合に於て執行委員会、代議員会等を開催し、原告等の意向をも充分尊重して右通告に対し実力行使、法廷闘争、条件闘争の何れを以て之に対処すべきかを検討した結果、当時レツドパージがマツカアーサー司令官の占領政策の一環として、全国的に強行されて居り、実力行使法廷闘争を以て反対闘争することは、その当時の客観的情勢並びに組合の財政的事情等から之を中止して、条件闘争により解雇人員の減少、退職金等の増額等その他解雇についての出来得る限りの有利な条件を獲得することに一決し、一〇月一七日、一八日と各組合代表と被告会社間に事務折衝がなされ、その結果当初予定の解雇予告手当、勤続慰労金、特別手当金の外に、各鉱業所毎に退山手当(離山手当、退職移転費)として単身者五千円、家族一人千五百円、本人六千円、餞別として各五千円、帰郷する者には帰郷旅費(但し原告等は支給を受けた者はない)を追加することで、事務折衝は妥結し、原告等も退職することに不満ではあつたけれども組合からの慫慂もあり前記諸項目の金銭を受領して退職するも止むを得ないとして真実退職する意思を以て退職願の提出方を各組合幹部に一任し、それぞれ自署又は代筆の方法により、記名捺印して、大峰、峰地、目尾の各組合に所属する者は同月一八日に、下山田組合に所属する者は翌一九日迄に各組合毎に一括して右退職願を被告会社に提出し、前記各諸項目の金員も各所属鉱業所から、一〇月一九日から同月二八日頃迄の間に(但し離山手当、餞別については原田福一は一一月八日、三島明は一二月九日、安本嘉美は一二月一日、天野敏達は一一月一一日何れも受領)何れも受領するに至つた事実を認めることができ、右認定に反する各原告本人尋問の結果は何れも措信しない。

右認定の事実によると一〇月一八日又は一九日原告等が退職願を被告会社に提出したことにより、被告の前記通告書による合意解約の申し入れに対し原告等のこれに対する承諾の意思表示がなされ、合意解約が成立したものと認むべく、右合意解約は前記原告等宛の通告書の中に併存する条件付解雇の意思表示が、公序良俗に反する等の特別の事由のない限り、直ちにその効力を発生し原被告間の雇傭契約は消滅したものと認むべきである。

原告等は真実退職する意思はなく、単に解雇後の生活費とする為、少しでも金銭を入手したい為の方便として退職願を提出したものであると主張するについて、按ずるに右主張に副う原告本人田中進、中山不二三、小西卯吉、伊藤進の各供述は、前顕各採用の証拠に照らしたやすく措信し難く、他に原告等が被告会社の鉱業所長、課長、係員等に対し真実退職する意思はない旨の意思表示をなしたことを認め得る証拠はない。

原告等は労働者が退職金を受取ることは解雇の効力を争う権利の放棄でないことは被告は当然知つていた筈であり、知つていなかつたとすればよほどぼんやりしていたものであり、之は表意者の真意を知り、又は知り得べかりし場合にあたるので、民法第九十三条により意思表示の効力を生じないと主張するけれども、前顕採用の各証拠によれば被告が原告等主張のような事実を知り又は知り得べかりし状況にあつたことを認め得る証拠はなく、右認定に反する原告本人田中進、中山不二三、小西卯吉、伊藤進の各尋問の結果は前顕証拠に照らしたやすく措信できない。

原告等は退職願を出さなければ馘首だぞと言つて退職願を出させだのは、労働者の弱みにつけこんで自己の主張を押しつけようとする強迫行為であり、又労働者の窮迫状態につけこんでこのような通告をなすことは、窮迫状態を利用したと言うことで民法第九十条の公序良俗に違反する行為に該ると主張するので、按ずるに本件の場合に於ける合意解約も原告等が職場に留る自由を有しないと言う点に於ては、本件の合意解約も、一方的解雇も同じであるけれども、合意解約の申込に応じて合意退職の道を選ぶか、解雇処分を受ける道を選ぶかは、その限度に於て各人の自由なる意思の下に判断が出来るのであり、原告等は解雇処分を受けるよりか、合意退職の道を選ぶが得策であるとの事情を考慮の上、自由なる意思を以て合意退職に踏み切つたものと推認するが相当であり、被告のなした通告の中に包含されている条件付解雇の意思表示が、公序良俗に反するような特別事情(特別事情の有無については後記説示する)のない限り合意解除は有効であり、被告に於て強迫の意思を以て原告等に畏怖心を生ぜしめ、右畏怖心に基いて退職願を提出させるに至つた事情を認め得る証拠は本件記録上発見出来ないのみならず、被告が原告等の窮迫状態につけこんで合意退職させるに至つた事情を認め得る証拠もない。

原告等は退職願を提出することにより解約の合意が成立するとなすことは、市民法的な理論に基く皮相的な形式論であり、本件に於ては労働者が辞めたいと言う意思を表示し、使用者がそれでは辞めて貰うと言うことで、意思が合致して雇傭契約が終了したのではない。使用者が労働者を辞めさせる手段として、退職願の提出と言う形式がとられただけであり、労働者が会社の勧告に応じて退職願を出したとしても、そこには自由意思の一片も見られないのであつて、その実質は使用者の一方的解雇であると主張するので、本件についてこの点を考えて見るに、被告の通告書中の一〇月一八日迄に退職願を提出するよう勧告する右期限迄に退職願を提出した場合は依願解雇とする。退職願の提出のない場合は一六日付を以て事業上の都合による解雇とする旨の意思表示は、原告等にとつては退職願を期限迄に提出しようとしないとにかかわらず、職場に留まり得ることは絶対に不可能であり、職場に残留し得る自由は存しないのである。唯原告等に残された道は通告書によれば退職願を提出することにより特別手当金の支給を受けるか、特別手当金の支給を受けないで解雇処分に服従するか、その何れかの一を選択し得る程度に於て、各人の自由なる意思判断に任されて居るのであり、従つて原告等に於て解雇予告手当と勤続慰労金の受給のみに満足せず、特別手当金の支給をも受けたいとの意図の下に退職願を提出するの方法を選択したものである以上、原告等は真実退職する意思を以て被告の合意解約の申し入れを承諾したものと認めざるを得ない。然しながら被告の通告の中に条件付解雇の意思表示がなされていなかつたならば、原告等は全員共退職願を提出する者はなかつたであろうし、又被告会社としても、原告等が退職願を提出することを期待し得なかつたであろうことは容易に推認し得られるところである。従つて本件通告書中には条件付合意解約の申し入れと条件付解雇の意思表示とが併存しているけれども、原告等が退職願を提出して合意解約の申し入れを承諾するの方法を選択するに至つた根本的原因は、その背後に退職願の不提出を条件とする解雇の意思表示と言う不動の圧力がのしかかつていたからであり、従つて原告等の合意解約の申し入れに対する承諾は、条件付解雇の意思表示と密接不離の相当因果関係にあり、条件付解雇の意思表示が公序良俗に違反し無効であるとするならば、条件付解雇の意思表示の圧力に制せられて止むなく成立した合意解約も又無効と解するが相当である。

そこで右通告によつてなされた条件付解雇の意思表示が原告等主張の如く公序良俗に反するものであるか否かについて検討することとする。そもそも被告会社が原告等に対し条件付解雇の通告をなすに至つた経緯について按ずるに、当事者間成立に争いのない甲第三号証の二、証人大滝四士夫、伊藤武男、尾形権三郎、岩佐源次郎、脇坂克己、萩野武臣、安東淳一、宮島幹夫、の各証言を綜合すれば、被告会社では終戦後その産業部門内に於て、共産党員及びその同調者、支持者を中心とし生産阻害行為が極めて活溌に行われ、生産業務が停滞し勝ちであつたので、その対策として之等の生産阻害行為者を排除しようと、内々各鉱業所にその調査方を命ずる等の措置に出でていた折柄、昭和二五年九月下旬頃、総司令部エミース労働課長から被告もその会員である日本石炭鉱業連盟に対し、共産主義的破壊分子の企業からの排除の要請があり、これに基き被告会社に於ても同年一〇月末迄に共産党員及びその同調者にして且つ企業の正常なる運営を阻害する者及び阻害する虞ある者を排除することを決定し、右整理基準に基いて、人選方を各鉱業所に指命し、各鉱業所に於ては各々の山元に於て労務課長、副課長、係長及び各現場の所属課長等に於て、右基準該当の有無を慎重に調査し、各該当者を人選するに至つた事実を認めることができる。

そこで前認定の整理基準たる共産党員及びその同調者にして事業の正常なる運営を阻害し又は阻害する虞ある者とは、エミース労働課長の談話の趣旨労働省の各府県知事宛の昭和二五年一〇月九日通牒の趣旨大橋法務総裁の談話(昭和二五年一〇月一一日毎日新聞掲載)等を綜合すれば、日本国の重要産業からの赤色分子の排除は、共産党を非合法化する趣旨ではなく、従つて共産党員又は共産主義を信奉し又は之を支持すると言うだけの理由で排除さるべきものではなく、その行為又は言動により、企業の正常なる運営を現実に阻害し、又は之を阻害する危険性の客観的に認められることを要し、従業員たる共産党員又はその同調者のなす単なる党活動の如きは、これがその所属する会社の従業員に対し、その作業能率の低下企業に対する非協力、職場秩序の破壊、服務規律の違反、企業に対する中傷誹謗、その他企業の運営に悪影響を及ぼすような煽動的言動をなし、又は自ら前記のような企業阻害行為をなし又はこれをなす虞が客観的に存することの認められない限り、単に党活動をなしたとの理由だけで以て、これを職場から排除することは許されないものと解すべきである。このことは被告会社に於ても共産党員又は同調者である小野長一、松井鉄三郎、桑園某、宮沢某、田中勝利、滝口某、実藤某も企業阻害的行為者でないとして整理の対象者としなかつたこととの権衡を計る上からもかく解すべきである。

よつて被告の主張する原告等の企業を阻害し又は阻害の客観的危険性が原告等にあつたか否か、及び右行為が前叙認定のような基準に該当するや否やについて原告等各人別に検討することとする。被告の主張立証しようとする原告等の企業の正常なる運営を阻害し、又は阻害する虞のある事実は次のとおりである。

(1)  原告石丸賢は細胞会議に出席し他から党員が演説等に来ると、それについて廻り自分も演説していたことがあり、又原告の隣家が党関係の会議場になつていた為時折同家に出入りしていた事実。

(2)  原告原田福一は党員野見山公成、原告安本百歳、三島明、山下国雄等と同一行動をとり、毎日のように演説して廻り、労働組合の情宣より党宣伝の方が多く、共産党員高倉金一郎、田代文久等の演説に際し、その案内役に立つたりしていたことのある事実。

(3)  原告安本嘉美は原告安本百歳の弟で、党の大物が同人の兄百歳につれられて同家に泊つた際、又は同人方で細胞会議があつたとき座をはずすことなく、わざと同席していた事実。

(4)  原告安本百歳は共産党員であり、目尾鉱業所の工作課勤務で、同課内で何時も問題を起している人物であり、昭和二五年一月一〇日、一〇名位を生産阻害者として解雇したことがあるが、その際は最も悪質な者だけを解雇した為、原告はその選に洩れたが、その以前から相当活溌な党活動をなし、右一〇名の解雇以降は、潜行裏に党活動をやつて居り目尾細胞のキヤツプで、昭和二五年一月の前記解雇により排除された藤崎スミヲ等と共に、党活動をなし同二三、四年頃細胞会議を開き共産党機関紙赤旗を配布し、共産党のビラを貼つていたことのある事実。

(5)  原告三島明は共産党員で赤旗を配布し、原告安本百歳と絶えず話合つていた事実。

(6)  原告古野春美は大峰細胞のキヤツプ加熊と親交があり、昭和二四年秋頃大峰会館の鉱員大会に於て、大峰労組は他の組合に先んじて共産党の世界労連に加盟せよと演説し、又同二五年の参議院議員選挙に際しては共産党立候補者高倉金一郎の選挙運動をなし会社従業員に対し高倉の為に一票を投票するように運動していたことのある事実。

(7)  原告五島達夫は昭和二三年三月頃、坑内に降す保安坑木の積卸場で、積卸しをする人に対し前記加熊一直と共に積卸作業を妨害したことのある事実。

(8)  原告入江喜代治は共産党員で舎監の許可を受けないで部外者を被告会社寮内の自分の部屋に入れて文化サークルの名の下に同人等に対し党活動の指導をなし、昭和二三、四年頃会社事務所附近で「人権擁護……大会」を開いて赤旗を振り廻し、集会後デモをかけて同事務所内の炭坑長の部屋に這入りこんで来たことのある事実。

(9)  原告入江利子は原告入江喜代治の妻で寮の内勤事務に従事していたが、上司の許可を得ないで夫喜代治、原告先山一一の為に勤務時間内に党細胞のプリントの作成等の手伝いをなしていた事実。

(10)  原告萩光男は会社の注意警告にもかかわらず、昭和二三年か二四年頃、会社の禁止してある区域内に会社を非難する趣旨の党細胞のビラを貼り、共産党のビラを撒いたりしたことのある事実。

(11)  原告足立次郎は、昭和二四年頃坑木倉庫職場を廻り、中国と朝鮮の関係を説明し、近く占領軍が撤退するのでその後共産革命が実施されるから労働者も今から勉強せよと言う趣旨のことを宣伝し、党員加熊や伊藤喜代治方でもたれた細胞会議に二、三回出席したことのある事実。

(12)  原告宮城義博は共産党員で昭和二三、四年頃、会社を誹謗する峰地細胞とかいたビラを会社の許可を得ないで、その禁止区域内に貼られたことがあつたが、原告は峰地細胞の責任者でそのビラの作成者であつた事実。

(13)  原告白石一郎は原告宮城と親交があり、常に共産党員と同一行動をとり、社宅等で集会があると今にも革命が起ると言う様なアジ演説をなし、独身寮の明浩寮に出入し、共産党の宣伝をすると共に、同二三年五月頃は寮の運営に関する問題で、寮生の党細胞平野清等と共に、山猫争議をしてハンストに参加したこともあり、又粗暴性があつて喧嘩を好み、係長の命令に違反して、係長に食つてかかり吊し揚げをなして会社の業務に非協力的であつた事実。

(14)  原告天野敏達は、原告宮城と同一の行動をとり峰地細胞と密接な関係を持ち、同二三年頃明浩寮の集団山猫欠勤があり、之に引き続いて採炭夫の山猫欠勤サボを実施したが、その際天野原告はこれを卒先指導し、出炭減少を来した為、占領軍から配給物資の停止処分を受けたが、この配給物資停止処分は会社の陰謀であると宣伝演説をなしたことのある事実。

(15)  原告小西卯吉は、共産党員であり、昭和二三年頃独身寮の寮生三百名位が組合の指示に反し集団欠勤をなしたことがあり、その責任者としてその主謀者たる信良東と外一名を組合と協議の上解雇したところ、右解雇処分は不当であるとして解雇反対運動を起し、之に共産党員田代文久を押し立て、部外者の共産党員も加わり、会社構内に這入ることを禁止したのにかかわらず、会社に押しかけて所長に面会を求むるなどデモを敢行し、小西原告もこのデモに参加し、この為二番方の就労が一時間遅れ事務も停滞したことがあり、又昭和三四年春前会社と組合と協定した掲示板以外の所に過激な文句をならべた文書を掲示して従業員を煽動したことのある事実。

(16)  原告中山不二三は共産党員本田定造等の影響を受けて同人等に近ずき、党のビラを配布したりして稼働成績は低下し、勤労意欲がなくて係員の指示に従わず、生産に非協力的であり、同二五年頃共産党員を中心とする二、三〇名位の者が労務課長の社宅にデモをかけ、面会を強要し、同課長がクラブに居ることを聞知して、更にクラブにデモをかけ面会を拒否されたところ、クラブ内に不法侵入し吊し上げをやり器物を損壊したが、これ等のデモに参加し、その他勤務時間中に無断で共産党のビラ張りや機関紙を配布し、又坑内作業中係員に反抗し、上司の命に従わないことのあつた事実。

(17)  原告田中進は前記(15)記載の原告小西と共に解雇反対デモや(16)記載の中山原告と共に労務課長宅や倶楽部にデモをかけ、その先頭に立つてこれに参加し、勤務時間中に機関紙赤旗を配布したり、賃金に対する不満や仕事量に文句をつけて、他の従業員の勤労意欲を低下させるような言動のあつた事実。

(18)  原告先山一一は共産党員で舎監の許可を受けないで、部外者を被告会社寮内の自分の部屋に入れ、文化サークルの名の下に同人等に対し党活動の指導をなしていた事実。

そこで右列記の事実が前叙認定のような整理基準に該当するか否かについて審究するに、原告伊藤進、三島明が共産党員であることは当事者間争いのないところであるが、党員が法規の許す範囲内の限度に於て党活動をなすことは当然認めらるべきことであつて、本件に於て特に検討を要すべき点は、原告等の党活動及びその言動が被告会社の企業の正常なる運営を阻害し又は阻害する虞の客観的危険性が証拠上認められるか否かである。そこで先ず原告石丸賢と三島明の前列記の(1)及び(5)の事実について検討するに、原告石丸賢が細胞会議に出席し他の党員が演説等にきた場合それについて廻り、自らも演説していたと言うことだけであり、この行為自体は政治的活動の自由の範囲内に属し特に非難さるべきことではない。この行為が企業の正常なる運営を阻害し、又は阻害する危険性があつたと認められる為には、同原告が会社の勤務時間中に勤務を怠り、このような行為をなした結果、会社業務の運営に支障を来した事実、或いは原告の出席した細胞会議によつてなされた決議事項の実行により、被告会社の事業の正常なる運営が阻害されるに至つた事実、又は阻害の客観的危険性が認められなければならぬ。然るにこの点についての立証のない以上、(1)記載の事実があつたと言うだけで直ちに解雇に値するに足る被告の企業の正常なる運営を阻害し、又は阻害する虞があるものと認定することはできない。証人萩野武臣の証言中石丸原告は坑内関係に於て野見山と協力して一体となり、党活動をなしていた旨の供述があるが、右供述からは原告の行為が如何なる企業阻害の行為をなしていたかは全然判明しない。然して同原告が被告会社の企業の阻害をなし又は阻害する虞ある危険性の客観的に認めらるべき証拠は記録上右萩野武臣の供述以外に全然存しない。

次に原告三島明の(5)記載の事実も機関紙赤旗を配布し、原告安本百歳と話合つていた事実は党員として当然なし得ることであり、配布した事実が会社の勤務時間中になされたものであるか、配布を受けた相手方が被告会社の従業員であるのか第三者であるのか、配布の場所が会社内であつたか会社外であつたか、之等の点について本件記録上何等の立証もない。従つて(5)記載の事実のみを以て直ちに解雇に値する被告会社の企業の正常なる運営を阻害し、又は阻害する虞ある行為と認めることはできない。次に原告安本嘉美の(3)記載の事実は同原告の兄百歳が共産党員であり、且兄弟の関係上起居を自宅に於て共にしていたところから、兄百歳が自宅で細胞会議を開催したり、又時に共産党の有力者が訪れてくることなどのあつたことは想像に難くないが、その時にわざと之等の会合に同席していたと言うに過ぎないのであり、之等の会合に同席していたと言うこと自体を以て、直ちに解雇に値するに足る被告の企業の正常なる運営を阻害し、又は阻害する虞ある者と認定することは到底出来ない。(3)記載の事実があつた旨の萩野武臣の証言以外に、嘉美原告の如何なる具体的な行為により被告会社の企業の正常なる運営が阻害されたか、又企業阻害の客観的危険性があつたかの点については本件記録上他に之を認め得る証拠は全然ない。次に原告伊藤進が共産党員であることは当事者間に争いはない。原告伊藤進が被告会社の企業の正常なる運営を阻害する行為をなした事実、又は阻害するような行為をなす虞のある点については被告は共産党員であることの立証以外に何等の立証もしない。却つて原告申請の証人高橋松英の証言によると、原告伊藤は訴外高橋松英が寮生活をなしていた際、同室に起居していた共産党員の桑江某の所に、機関紙赤旗やビラを一括して持つて来て訴外桑江が配布したり貼つたりした事実、並びに伊藤原告本人の尋問の結果によると同人は大峰細胞に属し党活動をなした事実は認められる。然しながら右ビラに会社を誹謗する事実がかいてあつたか否か、又桑江が右ビラ又は赤旗を会社勤務時間中に会社内に貼り、又は会社従業員に配布したのか、勤務時間外に会社外に於て貼つたのか、又原告伊藤は勤務時間中に寮に持ち込んで来たのか等の事情は全然不明である。従つてこの赤旗及びビラの寮への持込みによつて、被告会社が具体的に如何なる業務の阻害を受けたか、等の点については何等の立証はない。又原告伊藤が細胞会議に出席していたことは同人の自認するところではあるが、勤務時間中になされたものであるか之に関連して被告会社の事業の正常なる運営に如何なる具体的影響を及ぼしたかの事実については又何等の立証はない。従つて以上の事実のみを以て直ちに解雇に値するに足る被告の企業の正常なる運営を阻害し、又は阻害する危険を客観的に認定することはできない。次に原告原田福一の(2)の記載事実については、同人は昭和二五年八月頃迄目尾労働組合の専従者役員情(教)宣部長として働いていた(原告本人福田と証人水岡伝一の各供述)関係から、職務上演説していたことは推認出来るが、同人の演説が情宣より党宣伝の方が多かつた旨の証人萩野武臣の証言によつては、同原告が如何なる党宣伝をなしそれが被告会社の企業の正常なる運営を如何に阻害したか、又阻害する客観的な虞があつたかの点については事情全く不明でありこの点について何等の立証もない。証人尾形権三郎の証言中に、昭和二五年一月頃当時の教宣部長らが小竹町周辺の共産党の小竹細胞と連絡して労働組合で認められた行動でなく単独に多数の主婦を集め鉱業所々長労務課長の面会を求め、偶々不在であつた為留守中の子女に面会を強要した旨の供述があるが、この供述を原告原田福一の尋問の結果に照すと、当時の教宣部長の連絡云々の部分は、教宣部長が右事件に関係した確証があるのか、又関係したとすれば如何なる程度関係したのか之等の点については本件記録上判断の資料は全然発見し得ない。従つて唯「連絡して」なる供述も、以上の二点を証拠により明らかにした後に於てでなければ、同原告が如何なる程度の企業阻害的行為をなしたか否やたやすく認定することはできない。又共産党員高倉金一郎、田代文久等の演説に際し、案内役に立つていたとの点は証人萩野武臣の供述中に見受けられるが、同証人の右供述は同証人の経験に基く事実の陳述ではなく、単なる想像推察に過ぎず、この点については原告本人の供述に照してもたやすく措信できず、他に右事実を認め得る証拠はない。

従つて以上説示の事実により原告原田福一に於て解雇に値するに足る企業破壊的行為又はその危険性の存在を客観的に認めるに足る充分な証拠はない。従つて前記原告石丸賢、安本嘉美、伊藤進、三島明、原田福一(……以下五名の原告等と略称する)に対する条件付解雇の意思表示は、前叙認定の如く同原告等の行動は、解雇に値するに足る被告企業の正常なる運営を具体的に阻害する行為又は企業阻害の客観的危険性を認め得る証拠はないのに、単に共産党員又はその同調者であるとして政治的信条により差別的になされたものと認めざるを得ないから前記五名の原告等に対する本件条件付解雇の意思表示は、憲法第十四条、労働基準法第三条、民法第九十条に基き公序良俗に違反し無効と謂うべきである。従つて無効なる条件付解雇の意思表示と密接不離の相当因果関係にあつて、その圧力に制せられて止むなくなされた右五名の原告等と被告間の合意解約も、又公序良俗に反し無効といわねばならぬ。(大阪高裁昭和三八年二月一八日判例)

被告は仮りに合意解約が成立せず被告の一方的解雇と認められるとしても、前記聯合国最高司令官の指示により、重要産業より共産主義者及びその支持者を排除すべしとする超憲法的法規が設定されたものであり、本件解雇はその指示に基きなされたものであるから、阻害的事実の有無を論ずる迄もなく上述の法規範に照して右解雇は当然有効であると主張するについて、按ずるに聯合国司令官の指示がその当時超憲法的法規であつたことは認められるとしても、聯合国最高司令官の内閣総理大臣宛の書簡並びにエミース労働課長の談話の趣旨は、企業の正常なる運営を阻害する行為をなし、又は阻害する虞ある共産党員又は同調者の排除を要請したに過ぎないものであつて、単に共産党員又はその同調者なる故のみを以て企業阻害の事実のない者迄排除する趣旨でないことは前叙説示の通りであるから超憲法的効力を有する聯合国最高司令官の指示の適用を受くる解雇たる為には、共産党員又はその同調者であると同時に、企業阻害的破壊主義者であることを要することは右指示の中に当然包含されているものと解すべく、このような企業阻害的行為又はその客観的危険性の認められない者の解雇については右指示の適用なく一般国内法規の適用によりその解雇の効力を判断すべきものと解するが相当である。従つて之に反する被告の主張は採用できない。

次に被告は原告等は無条件に解雇について同意したのであるから、結局退職の効力を争う権利も、被告会社に対する関係に於て放棄する意思を表明し、会社はこの代償として特別手当金、その他退職金規定によらない諸給与を支払うことを約したのに、整理後七年に近い歳月を経過して突如として本件訴訟を提起した原告等の行為は、前記の経緯に鑑みても重大な信義則違反の行為であると主張するについて、審究するに本件のように条件付解雇の申し入れと、条件付合意解約の申し入れとが併存する場合ではなくて、単純なる合意解約の申し入れに対し承諾の意思表示をなして成立する世上一般に行われている合意解約、又は整理基準に該当する行為がある為一方的に解雇することもできるが、当事者双方円満なる解決を期して一応任意退職を勧告し、之に応じなければ一方的に解雇する旨の条件付合意解約の申し入れと、条件付解雇の意思表示とが併存し且、条件付解雇の意思表示が公序良俗に反しない為合意契約が有効に成立した場合に、数年後になつて合意解約の効力を争い解雇の無効を主張することは被告主張の如く信義誠実の原則に違反する行為と認むべきであるけれども、五名の原告等との間に於ける合意解約は、前説示の如く、条件付解雇の意思表示が公序良俗に違反し従つてこれと密接不離の相当因果関係の下に一体としてなされた合意解約も無効であるから、右合意解約は当初に遡り成立しなかつたものであり、従つてその無効を主張して提訴することは何等信義誠実の原則に背反するものではないから、五名の原告等に対する限り、被告の主張は失当である、よつて右主張は採用しない。

以上の原告石丸賢、安本嘉美、伊藤進、三島明、原田福一を除く爾余の原告等十四名(以下十四名の原告等と略称する)に対し、同原告等が共産党員又は同調者として企業阻害的行為をなしたとする被告主張の前記各事実は証人岩佐源次郎(第一、二回)、脇坂克己、安東淳一(第一、二回)、原田義政、萩野武臣、中原登、尾形権三郎、三好健堂、宮島幹夫の各証言及び原告本人三島明の供述同安本百歳の供述の一部(後記措信しない部分を除く)により認められるところであり、右認定に反する証人小野田益長、高瀬春雄、森岡武明、川田勝市の各証言及び十四名の原告等の各供述((但し原告本人安本百歳の供述の一部(前記採用の部分は除く)))はたやすく措信できない。そうであれば十四名の原告等に対し企業阻害的行為があることを前提としてなした条件付解雇の意思表示は有効なものと解すべく、従つてこれと密接不離の相当因果関係を有する合意解約も又有効と解すべきである。のみならず昭和二五年七月一八日付聯合国最高司令官の内閣総理大臣あての書簡、及び聯合国最高司令部経済科学局エミース労働課長が同年九月下旬日本石炭鉱業連盟に対しなした談話の趣旨は、当時の聯合国最高司令官がその占領政策推進の必要な措置として、公共的報道機関その他被告会社の如き重要産業の経営者に対し、その企業の内から共産主義者又はその支持者を排除すべきことを要請した聯合国最高司令官の指示と解すべきであり、この指示は当時日本の国家機関及び国民に対し最終的権威をもつた法規としての効力を有し(昭和三五年四月一八日、同三七年二月一五日最高裁判例)日本国憲法その他の国内法及び企業内の労働協約就業規則等は、右指示に抵触する限度に於てその適用を排除されていたものであるから、前記十四名の原告等の被告との合意解約が、仮りに原告等に真実退職する意思がなく、合意解約が成立せず被告の一方的解雇であるとしても、右解雇は前記聯合国最高司令官の指示に基きなされたものであるから、苟くも同原告等に前叙認定のような企業阻害的行為又はその危険性のあつたことが認められる以上、右指示に基いてなされた本件解雇は爾余の争点について判断する迄もなく有効であり、右指示に基いてなされた本件解雇の効力は、その後右指示が平和条約の発効と共に効力を失つたとしても、何等影響を被るものではない。

そうであれば、前記五名の原告等の本訴請求は正当として之を認容しその余の十四名の原告等の本訴請求は失当として之を棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を各適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 新穂豊)

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